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今朝見た夢は、ワクワクするものでした。

病院にいるこどもたちが薬以外のもので元気になる、そんな方法を考えていました。
実際に手にしたことはないものですが、あれを使ったらどうだろう、どんな形状にしたら楽しめるだろう、と考えていました。

起きてみて、その光景はなんだか前にも夢に見たことがあった?と思いました。
想像なのか、夢なのかわかりません。



今日は仕事場や家で、自分の寛大さがまだ足りないなぁと思いました。
本当の思いやりを周りに渡して過ごしたいです。

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図工の授業で

先日、仕事場で図工の授業がありました。

9月より仕事の新しい仲間も増えて新体制となり、
配置替えで担当学年が決まりました。

まんべんなく色んな学年の授業に入らせてもらうことも、とても楽しく学びがたくさんありましたが、担当学年が出来ることで、より深く学べる部分が増えるのかもなぁと思っています。


図工の授業は、新聞紙となかよくなろう、というものでした。
内容としては、新聞紙を使い、自由になんでも製作しよう!というかなりフリーな感じのものです。

教室に入ったときにはすでに、机を端に寄せて作った広い床のスペースは新聞紙だらけ(笑)
切ったり貼ったりやぶったり丸めたりしたものがたくさん。

こどもたちの手や身体には、各々作った素敵な作品✨

ああ~
イマジネーションって面白いなー!!

こどもたちの発想力の大きさや自由さが光っているようでした。
あと、こどもたちの目も光ってる♪


図工が得意な子ばかりじゃありません。
何を作っていいのかわからずに新聞紙を握りしめている子には声を掛けます。
こんな事に興味あったって言ってたよなぁ と前にした会話などを思い出しながら。

こどもさんはやはりすごいです。
少しの声かけで生き生きと作業に取り掛かって、みるみる作品が出来ていきました。


こどもさんから学ぶことに尽きることはありません。





言ってくださる方に

今日はある音楽のコンサートに行きました。

メインはピアノですが、チェロやヴァイオリン、ドラムなどセッションもとても素敵。
演奏されている方の楽しそうな様子!!
生きてるー!って感じでした。

ピアノソロの時は、今までこんな音楽で感動したことないと思うくらい身体が反応していました。
音楽の知識が深くないので専門的なことはわからないですが、ピアノだけとは思えない、カラフルな演奏に感じました。
数ヵ月前ふと見たコンサートの告知に即行動して良かったと思いました。


さて、その場所で自分を振り返る出来事がありました。

列が見えていたのですが、私の行きたい場所がその向こうにありました。
列に入るわけではないから、間から抜けさせていただこうとすみませんと通ろうとしました。
すると、「えっ!!ここから通る?!」とひとりの女性が声を荒げられました。
その時私は、えっ、私なら向こうに行きたいだけだろうから通すけどな、と思ってしまったのです・・・・

モヤモヤしたので振り返ると、
あ!自分に足りないとこだった!と気付きました。
ああ、自分中心だったなぁーーーと大きく反省しました。
ちょっとだけならいいだろうと思ったんですね。
しかもその時私はちょっと焦っていた。

焦ると周りが見えなくなるのは、私の取らなきゃいけない癖のひとつです。

そう思うと、今までだって色々通らせてもらったけど、声に出して言う方がいなかっただけで、嫌な思いさせてしまっていたのかも、相手の立場に立つが足りなかったなぁと思いました。
言ってくださった方に感謝!!
ありがたいです。

私はまだまだサポートさせていただく側には回れないかもだけど、やれることはやりたいです!
やれることは自分の見直しです。諦めません。



言ってくださった方の声に、素直であれるよう頑張ろう。



学ばせていただいてます

一連の出来事があるとき繋がったり、
あーそうだったのか、となったり。
ありがたいなぁと思うことが多いです。

その時は渦中でもがいて、目の前の光を見つけられなかったりします。
でも、かならずヒントというか、ありがたい救いはあって、そこに気付くか見逃すか。
気付ける自分でいたいです。


人の役割はそれぞれということも最近改めて学ばせていただいてます。
それぞれだから、たくさん膨らんで楽しんだなぁ。

感謝と共に、自分の傲慢さとか、自分中心さが分かります。
言ってもらえることのありがたさに、今までなんて鈍感だったのか。
見えてなかったです。

日々、ありがたいです。



人に、自分に。

どうすればいいかわからない。

そんな状態がこれでもかこれでもかと起こっていた春先から。

ああ、私、自分で決める、自分で考えてどうしたいか行動していくということが、出来てなかったんだなぁと改めて実感しました。

まさに今までの概念で判断しようとしていたから、
極小な視野で見ていたから、動けない状態だったんだ、と思いました。

動けない状態を突破する糸口のようなものは、今までの考えから離れる、人の気になるところを見る、認める・・・
あらゆるものが繋がって少しずつですが見えてきています。

どんだけこの世界のものに乗っかって、それを選択していたんだろう!?
今さら恥ずかしいですが、私はこうなるまで分からない者でした。


つい最近も、息子のことで選択するという場面があり、
なにを優先させるか?
本当に見なくちゃいけないものは?
と何度も考えました。
息子の口から、選択したものに対して『楽しそう』という言葉が出たとき、心がジンとしました。
楽しいと思える心、楽しいを選ぶということ。
親としてのエゴが顔を出しそうになり、この世界的になってないか!?と自分に突っ込みを入れながら考えていた私は、
その言葉はとても素直なストレートなものだと感じました。


あと、厳しい(ことのように思える)ことを言ってくれる人のなんとありがたいことか。
厳しいんじゃない、本当の事言ってくれてるんだなぁと。



人にやさしく自分に厳しくありたいです。